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教育川柳 by 出水支部
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 鹿教組のよいところは、何と言っても職場・職種を超えた交流、これに尽き ます。県内どこに異動しても、その近くには必ず組合員がいるから安心して次の学校に赴任することができます。また、誰かに何か困ったことがあれば、親身になって相談にのってくれたり、グチを聞いてくれたり、一緒にお酒を飲んでくれたりします。
 この企画は、そうした組合員の色々なつながりをエピソードを交えてリレー形式で紹介してもらおうというもので。もしかしたら、あなたに登場依頼があるかもしれません。
そのときは、次のお友達の紹介をよろしくお願いします。


→リレーの進め方

 第9走者 
玉江小分会・川畑 真英
 「育美さん、過分なまでのお言葉ありがとうございます。」
 そうでしたね。青年部の様々な会で熱い思いを語っていた頃を思い出します。語る度に、「絶対、嘘だ。そんなことできるはずがない」と食ってかかられましたが、育美さんが学級の子どもたちのことを、いつも心に住まわせていたこともよくわかっていましたよ。あのときの情熱を錆びさせることなく、これからも共に自分を磨き合っていきましょうね。
 そこで、私は、青年部時代、わが家族よりもいっしょにいる時間が長かったであろう人たちを代表して園田 真一さんを紹介します。
 支部青年部の部長会などいつも出席し、夜も遅くまで協議を重ね合いました。支部を出ても、とても元気のいいママさんのいる「ドライブインひとみ」で、だっきしょ豆(落花生)をサービスにもらっては話し込んでいました。平和教育をはじめ、政治情勢にも詳しいのですが、決しておごらず、人の意見を尊重して話に参加するのでいっしょにいても心地よいでした。強がって青年部長役をこなしていた私にとっては、活動の舵とりをしてもらっているようでとても助かりました。また、有能な事務職員でありまして、教員サイドに偏りがちな私の未熟な思考を、鍛え励ましてくださいました。感謝です。とにかく、見かけによらず頼もしい人であることはまちがいなしですね。
 園田さんは、南日本新聞の将棋の大会にも出ていました。今も出ているのでしょうか。私も数局相手をさせていただきましたが、その実力を微塵も感じさせない打ち回しだったことを覚えています。(冗談です)また、いつかあの頃のような飲みや語りをしたいものです。その日まで・・・「王手!!」「参りました」「負けた方は、ジャンピング・パヤパヤだぞ!」

掲載日::2008/9/9
 第8走者 
枕崎小分会・小湊 育美
 「はい、晴子先生、また明日も一緒にがんばりましょうね!(笑)」
皆さん、初めまして。半仁田先生から紹介していただいた、小湊育美と申します。
 まずは、半仁田先生への感謝の言葉から(よろしいですか?)。晴子先生、お元気でいらっしゃいますか?お変わりはありませんか?私は晴子先生に、心からの『感謝の言葉』を言いたいです。あの頃、私は夢も希望も打ち砕かれて、ぼろぼろでした。先生の支えがなかったら、今の私はもちろんいません。晴子先生に出会えたことが、私の唯一の救いだったのかもしれません。苦しいときを乗り越えて、私に出会ってくださって本当にありがとうございます。あなたは、私の二人目の大切な母親です。こんな大きな子どもでごめんなさい。(笑)。また連絡いたします。夏休みに是非お会いしましょう。
 さて、次の方に紹介する方は…、私が青年部時代に出会った( 今も青年部ですが…)川畑真英さんです。今は鹿児島市内の小学校にお勤めで、県同教の事務局にいらっしゃいます。川畑さんは、私が出会って衝撃を受けた人です。なぜなら、川畑さんの言うこと、やること全て、私には信じられないことばかりだったからです。どんなことだったかというと、“子どもに寄りそい、悩みや抱えている苦しさを全て
 受け入れるそんな先生”に見えたんです(だまされたの?だまされてませんよ)。そしてホントにおもしろい人で…。ひったまがった(かごんま弁だっど、わがっけ?)。
 県同教の事務局で数年ぶりにお会いした時、私の話を黙って聴いてくださってありがとうございました。私は、その時、同和教育と再度、出会い直したような気がしています。
 また、私の勤める学校の校内研修で、講師を引き受けてくださって、ありがとうございました。あの時のお話は心にしみました。涙を流す先生もいらっしゃいましたよ。また、(上山さんが帰ってきたときは)一緒に飲みましょうね。また、学校で出合った子どもの話を熱く聴かせてください。楽しみにしてま〜す。
掲載日::2008/7/24

 第7走者 
柏原小分会・半仁田 晴子
 なぜなのか、「魔女」と呼ばれ始めて数年たつ半仁田です。命名したのは、もちろん前走者の瀬戸さんです。私自身は、ごく普通の言動のつもりでも、その感覚が周囲と少しずつズレが生じてきているのでしょうね。だから、「魔女」かな?私も、頭にピッとひらめいたことをすぐに言動に移してしまい、単純に夢中になって周りが見えなくなってしまうようなところは自覚しているのですが…。でも、瀬戸さんや周囲が「魔女」と呼んで、本当は応援してくれていることをうれしく思っています。みんなに愛される「魔女」を目指して、さらに磨きをかけていきます!!
 さて、次にバトンタッチしなくてはなりません。私が「魔女」になるずっと昔に出会った小湊育美さんです。
 育美さんとの出会いは、彼女が希望にあふれて教員人生をスタートさせたときでした。同じ学校で、新採・転任としてその後の4年間を共に過ごしました。それから長い年月がたち、学校も遠く離れて会えないことの方が多いのですが、いつも心の中で育美さんを想っている私がいます。
 育美さんは、子どもの頃からの夢を実現させて教員になり、そのことを心から喜んでいらっしゃるご両親の思いを大切にしながら仕事に向き合うのですが、私たちが出会った最初の1年は、学校も、互いの学級も、壮絶な1年でした。その現状を嘆くより子どもたちが楽しくなる授業を1時間でも多くできるようになろうと、その1年を互いに励まし合って乗り越えました。親子ほどの年齢差がありますが、不思議な心の絆を感じられるのは、この1年を共に過ごしたからだと思います。
 育美さんは、とても泣き虫です。すぐにポロポロと涙を流します。相手を思って涙を流すのです。楽しい話をしていてもなぜか涙を流すのです。純真な美しい心の持ち主だからです。その育美さんが弾くピアノの音も優しく心に響き、彼女の涙を連想させます。
 育美さんから、私は、「また、明日、がんばりましょうね」と、何度言われたことでしょう。離れていても、いつも言われ続けていたように思います。だから、私は、LastYearの今日を明るく生きています。
 育美さん、また、明日、がんばりましょう!!


掲載日::2008/6/16

 第6走者 
出水小分会・瀬戸ちえみ
 麻生さんから、4月4日にバトンを受け継いだ瀬戸と申します。何というBusyな時期にと思ったのも束の間、もう5月中旬!だれにバトンを渡そうかと考えた結果、さつま町にお勤めの「魔女」こと半仁田晴子さんを紹介します
 半仁田さんとは、柏原小で一緒でした。明るくて、エネルギッシュで、とてもチャーミングな方で、一緒にいると吸い込まれそうになるくらい存在感があります。夏休み、いや夏休み直前、バスで職員旅行へ出かけたことがありました。1泊2日でしたが、約35時間というもの、彼女は「眠る」ことをしませんでした。バスの中ではもちろんノンストップ、宿についてもノンストップ、床を敷いてもノンストップ!「次の日のバスの中はスヤスヤだよね」と確信していたのに、ノンストップでしゃべり続ける半仁田さん。そんな彼女の好きな人は「ヨン様」ことぺ・ヨンジュンです。県北部にお住まいなのですが、ヨン様の映画だったら、鹿児島市に毎週1回は見に行く!最低10回は映画館で観るというくらいの熱狂ぶりです。(私からのプレゼントDVD擦り切れてないかな)ヨン様を語らせたら、また眠れません。
 学校でも、もちろんノンストップ。全校朝会での話も30分くらいじゃ終りません。その間、職員も子どもも時を忘れて聞き入っているわけですから、やっぱり「魔女」はすごいです。(半仁田さん、ごめんなさい)
 そんな彼女から学んだことはいっぱいあります。「学校って、子どもと一緒に自分も楽しまなきゃ」ということ。厳しい学校の状況でも、半仁田さんは、いつも子どもと共にいて、純粋に活動そのものを楽しんでいたように思います。そうですよね、教員が楽しくない授業・活動なんて、子どもにとっても楽しくないですよね。(メダル作りの競争も楽しかったですね、職員体育のグランドゴルフも、本気モードだったし)こんな枠のない、ピュアな半仁田さんもLast Year!寂しいな。恋愛論も聞いとかないと。また、何か食べに行きましょうね。やっぱ、韓国でしょう?

掲載日::2008/5/18

 第5走者 
立神中分会 麻生香枝子
 頻繁にこのコーナーをチェックされる方は、いつになったら次を書くのかイライラされたのではないでしょうか?長くかかってすみません。しばらく立神中関係者でリレーが続きましたので、他校種の仲間を紹介します。冬は鶴が飛んでくる街の小学校に勤めている瀬戸ちえみさんです。
 早いもので約12〜13年程の付き合いです。彼女は私と同様、というか私以上に“なりきりカラオケ”の人です。幅広いジャンルを歌いますが、一緒にカラオケに行くと何度か食べてる物を噴出しそうなぐらい愉快にさせる人です。特に必見なのは「天城越え」で、振りつき、効果音(鼓の音を自ら演出)つきで、こんな楽しい演歌だったかなと思わず錯覚します。それだけではありません。彼女の魅力は自分の弱い部分も人にさらけ出すことのできるところだと思います。多忙な中でも、多忙だからこそ「人間らしさ」を忘れない、そして周りの人もほっとけない、学校に一人はいてほしい「姉貴」って感じの人です。
 実は私が組合に入った瞬間もその場におり、最初に手を握った人でもあります。というか、自然にポンと肩を押してくれたという感じです。「こんな仲間と一緒ならきっとできることがある」そう感じさせてくれる人です。(ちょっといいこと書きすぎけ、瀬戸さん?次よろしく!!またカラオケ行こうね)
掲載日::2008/4/4

 第4走者 
荘中学校分会 須崎 裕子
 県教研の時にこの企画を始めるというチラシを見て,面白そうだなとは思ったけれども,まさかこんなに早くまわってくるとは・・・・。ん〜よく見るともらってからずいぶん日にちが経ってしまったのですね。「まだ更新してないじゃんか!」と思っていた方々,すみません。遅くなってるのは私のせいです・・・。
 誰を書こうかなぁ♪と考えながら一人で楽しんでいたんですが,いい加減書かないともうやばいので決めました。またまた前任校の立神中にお返ししようと思います。(立神中これで3人目☆)その名は麻生香枝子さん。歌って踊れるパフォーマーです。(英語を教えたりもしています。)出会いは5年前?彼女が立神中に赴任してきた時なのですが,とてもそうは思えない!! ずうっと前から知り合いだったんじゃないかと錯覚をしてしまいそうなぐらいフレンドリーな人です。(ちょっぴり人生の先輩なのに,そんなこと無視していつも好き放題しゃべっちゃってすみませんでした〜。)
 色々すごい人なんですが,いつも感心していたことはカラオケで歌う歌のジャンルの広さです。カラオケしだすと“年齢不詳”です。しかも「なりきり歌い」なのであっけにとられます。保護者からも大好評です。最近笑いが足りないなぁと感じている方はぜひ一緒にカラオケへ。とてもファッショナブルでチャーミングなのに銀座のブランドショップ街をミスタードーナツの景品バッグで歩いたりすることもあります。江口いとさんの“人の値うち”の詩を確かめてるのかなと思ったりして。
 まだまだ面白ネタはたくさんありますが,書ききれないのであとは本人に聞いて下さい。
 そんな彼女ですが,子どもたちにどこまでもよりそう姿勢はピカイチ!色んな実践も頑張ってくれています。真似しなきゃなぁ・・と思う今日この頃です。
 また,デモ喫茶行きましょうね。
〈注〉デモ喫茶とは天文館をデモ行進した後,いつも行くカフェのこと。店の名が分からないので2人でそう呼んでいる。


掲載日::2008/2/14

 第3走者 
立神中学校分会  柏 智
 福永さんからのリレーを受け、今回は女性に振ろうと考えました。
現在、出水市の荘中学校にいらっしゃる須崎裕子さんです。昨年まで同じ職場で、5年間同僚でした。見た目以上に活発で、口の悪い私なんか、何度か『喝!』を入れられ、年下なのに先輩のような存在って感じでした。特に思い出に残っているのは、同じ3年担任をしているときの事です。バイオリニストの彼女は、毎年、卒業式の退場曲を演奏していました。生徒もその演奏を楽しみにしていました。じゃ私はどうすればいいの…?。そこで一言、「一緒に演奏すれば!」…。何ヶ月にもわたる地獄の特訓が始まりました。そのことは職員・生徒には秘密!。卒業式当日、進行の係も知らない、まさにサプライズ状態でした。担任二人のバイオリンとギターの演奏の中、卒業生たちが、自分たちだけで退場し、巣立っていく様子は、今でも鮮明に覚えています。いや、楽しかった!
 現在、須崎さんは厳冬の中、出水平野で鶴の調査をがんばっていることと思います。

掲載日::2007/12/26

 第2走者 
立神中学校分会  福永昭彦
 米徳さんの紹介を受け、多少恥ずかしさを感じると同時に元気をいただいたような気がします。12、3年前の串木野中では、とにかくがむしゃらに自治活動を進めていたように思います。今は40歳後半になり、マイペースで実践しているように思います。マイペースと言えば聞こえは悪くないのですが、自問自答してみると少し手をぬいているような気がしています。そんなときに、米徳さんの組合加入の経緯を伺って、私なりに反省をしているところです。
 さて、串木野中から日置支部専従となり、いろんな組合の先生方と交流を持つことができました。その当時、松元中は青年部が多く生徒会活動を中心として様々な行事を生徒主体で実施していました。私は本年度徳之島の尾母中から立神中に赴任してきまして、その中の一人柏さんと一緒になることとなりました。(学校の状況がよく分からないこともあり、1年目の私は発言を控えることもあるのですが)柏さんは生徒の目線に立ち、生徒のことを考え、積極的に職員会議等で発言をされています。体育大会でも生徒主体のとりくみを実施され、成果を上げておられます。生徒からの信頼も厚く、慕われている存在です。また、学習にも積極的で、組合主催の教研活動にもよく参加され、ときには講師としても活躍されています。立神中には他にもすばらしい分会の先生方がおられるので、共に団結して頑張っていきたいと思っています。

掲載日::2007/12/05

 第1走者 
志布志中学校分会  米徳 直人
 今回、県教研で本部専従の小牧さんと久しぶりに会い、あいさつしたら唐突に頼まれたことがありました。何かというとホームページの新しい企画のためにエピソードを交えて仲間の紹介ができないかということでした。何かエピソードをと考えましたが、なかなか思いつきませんでしたので、自分が加入したときのちょっとした話をしたら、それでいいからということだったのでここに書くことになりました。
 僕は初任校で、組合の先生に多くの面で助けていただきましたが、そもそも集団で何かするということにあまりなれていませんでした。また、組合自体がどういうものかもわからず、この学校の先生方が特別なのかもしれないと感じていたために、加入にはいたりませんでした。(強いお誘いも受けなかったので)
 2校目に転勤したときに、その学校の組合の先生方を見て、アーこれなら加入しても大丈夫かなと思いつつあったときのことです。担当していた部活の3年生の女の子が、ある日僕に向かって「私は、組合は大嫌いだ」と訴えてきました。僕は何でこの子が組合なんか知っているんだろう?と思いながら「どうしてなの?」と問い返しました。すると彼女は「組合は、この学校で一番いい先生を連れて行ってしまったから」と答えてくれました。よくよく聞いてみると、この先生は支部専従として学校から出て行かれたとのことでした。その頃組合加入を真剣に考えていた僕にとっては、こんなことを生徒から言ってもらえるような先生がいらっしゃるのならと気持ちを強く後押ししてもらった感じでした。
 そんな福永先生が、僕に加入を勧めるために支部からオルグにやってきたのはそれから半年ほどしてからのことでした。もちろん僕は、この先生が生徒からあれほど尊敬される先生なんだと思いながらお話をお伺いし、印鑑を押させていただきました。
 生徒にこのように慕われる福永先生、今も私の目標
とする一人です。
掲載日::2007/11/24



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